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No223.アゴが動かせない生活 #6(入院生活)

2014/09/16 11:03

んなに大がかりな手術であろうが、手術中は全身麻酔なので、意識はありません。むしろ辛いのは、術後です。本当にいろいろありました。
本格手術の翌日のDay 11~退院した日のDay 21を、今回のブログでは振り返ります。



<Day 11(手術翌日)>
ようやく夜に酸素マスクが外れました。が、足のマッサージ器具はつけたままで固定されているため、ベッドから動くことはできません。

全身麻酔で手術を受けると、術後に痰が出やすくなります。そして私の場合、口の中を手術したため、痰に血が混じります。が、痰を吐きだすことができず、いちいち看護師さんに吸引器で痰を吸い取ってもらう必要がありました。

この日も、イライラが続いていて、同室のお隣の女性(70歳代)が、日中に独り言を言うのにイライラし、そして別の女性が、夜にウゴウゴ寝言を言うのにイライラする、そんな感情の日でした。が、体も口も動かせないので、「静かにして下さい」とも言えない。そんな自分に、さらにイライラする。
幸い、看護師さんには八つ当たりすることはなく、セーフ。



<Day 12(手術から2日後)>
ようやく足のマッサージ機が外れ、カテーテルも外れ、起き上がれるようになりました。あぁ、動けるってなんて素晴らしいのでしょう。

と思いきや、この日の午後、悪夢が到来します。

これまで栄養は全て点滴で取っていましたが、今日から流動食にしましょう、と。やはり栄養不足ですと、術後の回復が遅れてしまいますしね。が、口の中を切開して手術したため、流動食を口から採ると、細菌感染する可能性があるため、鼻からチューブを入れて、胃に直接流動食を流し込みましょう、ということになりました。

が、手術中に鼻から入れた気道確保のチューブが入りづらかったようで、鼻やのどが腫れてしまい、再度、流動食用のチューブを入れようとしても、途中で引っかかってしまいます。
翌日(Day 13)と合計で、何と11回もチャレンジしたのですが、結局チューブは入れられず。もう、拷問です。あまりの痛みに、足はバタつき、のどは嗚咽、目からは大粒の涙が出ました。



<Day 13(手術から3日後)>
鼻チューブを断念し、夜からは流動食を口からストローで吸うことになりました。あぁ、久々に口に液体が流れてくるこの感覚。 うれし涙が出そうになりました。

と同時に、痰やツバの量が増していき、そして顔の腫れが出てくるようになってきたのも、この頃です。



<Day 14(手術から4日後)>
顔がどんどん腫れてきて、チンキャップが喉仏まで食い込んできてしまい、ツバを飲み込むのも至難の業。夜はベッドを水平にすると、ツバが喉に詰まって、窒息しそうになります。そのため、ベッドをほぼ90度起こした状態に。
10分に1回は、ティッシュペーパーでツバを吸い取らないといけない程度でした。そのため、この日寝れたのは、1時間程度。



<Day 15(手術から5日後)>
前日の寝不足がたたって、日中に船をこぐ有様でした。また、寝不足だとアクビが出ますが、口を開けられないのでアクビもできません。
この日、ようやく口に装着していたチューブを外すことができました。チューブがなくなると、楽になると思いきや、顔が腫れあがってきて、結局隙間が埋め尽くされてしまい、唇を動かすことさえできません。
あまりにもつらくなって、夜にはチンキャップを緩めてもらいました。ようやく寝つけることができて、一安心。

チンキャップに埋もれる、私の腫れあがった顔はこちら。

Injury_Day15_convert.jpg

この日、兄と兄の息子(=私の甥)がお見舞いに来てくれました。5歳児の甥は、私の顔を見ても、一瞬私だと認知できなかったようで、兄から「ほら、叔母さんだよ」と言われても、半信半疑でした。
が、5歳児ともなると、気を使える年頃のようで、怖くて逃げだしたり、怖がる表情を見せて相手を傷つけまいとする、甥の健気な努力・気遣いがにじみ出ていました。あぁ、この子も随分と大きくなったのだなぁ、とうれし涙が出そうになります。

術後初めて、洗髪の許可が出たため、この日は兄に手伝ってもらい、手術の搬送台に乗った状態で、洗髪する、というナゾの格好。左アゴにチタンを埋め込む際、左側の首筋を切開したため、傷口に触れないよう、兄が恐る恐る洗髪してくれました。

普段の日常生活が、こんなにも有難いことなのか、としみじみ感じ入ってしまいました。



<Day 16(手術から6日後)>
口内はそのままに、口外の縫合した箇所だけ、抜糸することに。長く縫合した状態を放置すると、傷が残りやすいそうなので、傷口が塞がれたら、極力早めに抜糸した方が、特に女性にとっては良いだろう、とのこと。
抜糸した傷口には、茶色のテープを貼ります。これは、紫外線から保護する目的。抜糸した跡は、紫外線を吸収しやすいそうで、そのまま日にあたると、跡が残りやすくなってしまうそうです。この茶テープは、向こう2ヶ月程度は貼っておく必要があります。

また、この日からは、日中はチンキャップを外して良いことになりました。チンキャップを外した瞬間、徐々に顔の腫れが引いてきて、モゴモゴですが、会話もできるようになりました。自分の考え・感情を、音声で表現できるって、なんて素晴らしいのでしょう。 ふと、小学生の頃に読んだ、ヘレン・ケラーの自伝を思い出してしまいました。



<Day 17(手術から7日後)>
点滴が外れたため、入浴の許可が出ました。が、全く運動していない、かつ脂質を控えた食生活をしているからでしょうか、大してアカが溜まっていないことに、ビックリ。
その後、体重計に乗ってみたところ、体重は42kg台。 筋力もかなり衰えていて、しかたありませんね。



<Day 18(手術から8日後)>
この日、初めて家族や病院関係者以外と、会話することになりました。
一時帰宅が認められ、自宅から仕事の電話会議に参加。会議の相手は、「かなり会話が明確に聞き取れる」「思ったより元気そう」との発言。

日中のこのムリがたたったのか、夜に激しい頭痛に見舞われました。
普段飲んでいる疼痛薬は、予防策で夕食後に飲んだのですが、それにも関わらず、夜9時頃から頭痛がひどくなり、夜11時頃には、ベッドに横になるのもつらいほどとなり、疼痛薬の服用間隔が短いものの、追加で疼痛薬を飲み、そして睡眠薬も一緒に服用しました。

いったんは寝つけたものの、数時間後、頭痛で再び目が覚め、ナースコールをするはめに。最終手段ということで、筋肉注射で最も強力な疼痛薬を打って頂きました。筋肉注射は非常に強いため、その後、半日以上はフラフラして、まっすぐ歩けないほどでした。

少し良くなると、何でも欲張ってしまう、自分の悪い癖を自覚する1日でした。反省。



<Day 21(手術から11日後)>
ようやく退院できました。同室は患者さんが入れ替えとなり、婦長さんのはからいで、同世代女子のみとなっていました。会話ができるようになってからは、同世代女子患者さんたちと大変仲良くなり、退院の日も、わざわざ出口玄関まで見送ってもらいました。

あれだけ早く退院したい、と心待ちにしていたのに、いざ退院となると、同室女子患者さんたちとの別れが寂しくなって、あともう1日ぐらい入院していてもいいかな、とふと考えてしまう自分。不思議なものです。

自宅はやっぱり、Home, Sweet Homeというか、何となく落ち着きます。あぁ、やっと帰ってきたという安堵感。

が、夜には再び頭痛に悩まされることになり、毎日1~2時間起きに目が覚めてしまいます。 焦ってはダメですね。



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